フランス政権、組閣14時間で崩壊しても投資家が国債を買い続ける理由



フランスの国債金利が急騰しています。10年物国債とドイツ債の金利差は85ベーシスポイントを超え、欧州債務危機以来の水準です。不思議なのは、フランスのGDP比債務が115%とギリシャ(152%)やイタリア(138%)より低いのに、市場はより高いリスクを見ているという点です。


実は、数字の大きさより変化の方向が問題です。2024年の財政赤字はGDP比6.1%でした。EU基準の3%に戻すのは2029年目標で、毎年約0.8ポイントずつ削減が必要です。しかし政治は逆方向に進んでいます。


9月には格付け会社フィッチが、フランス国債をAA-からA+に格下げしました。フランス史上最低の格付けです。理由は明確で、政治が機能不全に陥っているからです。


組閣14時間で内閣が崩壊する国


10月6日、ルコルニュ首相が辞任しました。組閣発表から14時間後のことです。第5共和政史上最短の在任期間26日という記録を残しました。


首相を辞任に追い込んだのは、与野党すべてからの批判でした。右派は「左寄りすぎる」と言い、左派は「右寄りすぎる」と言いました。2026年度予算の成立は完全に暗礁に乗り上げています。


2024年以降だけで5人の首相が交代しました。議会はどの勢力も過半数を持たず、三つどもえの状態です。左派連合、中道与党、極右政党のどれも単独では何もできません。


この混乱の背景には、フランス特有の構造問題があります。政府支出はGDP比57%でOECD最高水準。うち30%が社会保障と福祉です。年金所得代替率は72~74%で世界トップクラスですが、賦課方式のため現役世代の負担が年々増えています。


年金赤字は2025年の18億ユーロから、2030年には135億ユーロ、2050年には439億ユーロまで膨らむ見通しです。高齢化が進めば、この数字は避けられません。


銀行が沈黙を保つ理由


不思議なのは、市場の落ち着きです。2011年のギリシャ危機では連日暴動が報道されましたが、今のフランスは比較的静かです。国債金利が急騰しているのに、資金の大規模な流出は起きていません。


理由はECBの存在です。ECBには「TPI(伝達保護措置)」という仕組みがあります。理論上は、加盟国の国債を無制限に買い入れて金利急騰を防げます。


ただし4つの条件があります。EU財政準則の遵守、深刻なマクロ不均衡がないこと、財政持続可能性、健全なマクロ経済政策です。フランスは最初の条件から満たしていません。財政赤字6.1%はEU基準の3%を大きく超えています。


それでも市場は落ち着いています。ECBのラガルド総裁は「フランスのスプレッドを注意深く見ている」と発言しました。ING銀行のアナリストは「フランスは大きすぎて何もしないわけにはいかない」と指摘しています。


この「暗黙の保証」が、逆に問題を悪化させています。政府は市場圧力が弱いため改革を先送りし、投資家はECB介入を見込んで国債を買い続けています。9月には2年ぶりの大規模な資金流出がありましたが、システム危機の水準ではありませんでした。


ユーロ圏への波及経路


フランスはユーロ圏第2位の経済規模です。その影響は国境を越えて広がります。


第一の経路は国債金利の連動です。フランス金利が上がれば、ドイツやイタリアの金利も追随します。シティグループは、政治不安が深まればドイツとの金利差が100bpまで拡大する可能性があると予測しています。


第二は銀行セクターです。ユーロ圏の銀行は相互に国債を保有しています。BNPパリバやソシエテジェネラルの株価は、政治不安の高まりとともに6%以上急落しました。国債評価損は銀行の資産健全性を直撃します。


第三は信認の問題です。フランスが揺らげば、ユーロ全体への不信が広がります。ドイツは2025年3月、「債務ブレーキ」の例外を認めて財政拡大に転じました。ドイツ10年債金利は一日で30bp急騰し、1990年代後半以来の最大の変動を記録しました。


構造的な矛盾


問題の核心は、ユーロ圏の構造にあります。通貨は統合したのに、財政は各国の責任のままです。危機が起きてもECBは簡単には動けません。


ECB前チーフエコノミストのプラート氏は警告しています。「市場は中央銀行に期待しすぎです。ハードルは非常に高くなければなりません」。


実際、TPIの発動にはフランス自身の財政改革への取り組みが必要です。しかし改革はまったく進んでいません。毎秒5,000ユーロずつ債務が増えているという計算があります。2025年の利払いだけで665億ユーロ、2029年には1,000億ユーロを超える見通しです。


年金改革なしにこの赤字は解消できませんが、政治はそれを拒否しています。フランスのGDP規模はユーロ圏の15%を占めます。2011年のギリシャはわずか2%でした。フランスが崩れれば、ECBも対応できません。


今のところ、市場は沈黙しています。しかしその沈黙がいつまで続くかは誰にも分かりません。2011年、イタリアの国債金利が7%を突破したとき、危機は一気に表面化しました。


フランスの問題は一時的な政治不安ではなく、構造的な財政危機です。そして、その認識が市場に広がるのは時間の問題かもしれません。


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