アリババが「動くAI」に本気?ロボットチーム新設の裏側にある"中国テックの深い戦略"


アリババが2025年10月上旬、自社のAI研究組織「Qwen」内に「ロボティクス・エンボディードAIグループ」という専門チームを新設しました。これは、これまでチャットボットのようにデータ空間で活動していたAIを、ロボットという物理的な身体に搭載し、現実世界で動かす「フィジカルAI(Physical AI)」へ、明確に舵を切ったことを示しています。


この動きは単なるニュースでは済まない大転換です。中国最大級のEコマース企業が、ソフトウェアとしてのAI競争を超え、産業や物流といった「実体経済」のハードウェア領域まで影響力を拡大しようとしている証といえるでしょう。


アリババが開発した高性能マルチモーダルAIモデル「Qwen」は、テキストだけでなく画像や音声も同時に理解できます。この強力な頭脳をロボットに組み込むことで、単なる自動機械ではなく、長期的な計画立案や現実世界への適応能力を持つ「基盤エージェント」へと進化させようとしているのです。テスラやNVIDIAなど世界的なビッグテックが競う「フィジカルAI」分野に、中国の巨大テック企業が本腰を入れることで、特に製造業や物流分野における国際競争の様相が変わってくるでしょう。これは日本の産業界にとっても注視すべき静かな波といえます。


仮想世界から現実世界へ ― アリババが目指す「フィジカルAI」の実像


なぜアリババは今、この領域に巨額の投資をしているのでしょうか。その背景には、単なる技術トレンドを超えた、中国企業ならではの独自の視点があります。


従来のAIは、私たち人間の「目」や「耳」としてデータを処理し、「口」として出力する仮想的な存在でした。しかしこれからは、「手足」を持つロボットを通じて、倉庫での荷物の仕分けや複雑な工場での組み立て作業など、従来は人間にしかできなかった現実の仕事をAIが自律的に行うようになります。これにより、製造業や物流の現場における生産性と効率性を一気に引き上げることが狙いです。


この実現を加速させているのが、アメリカのNVIDIAとの戦略的協力です。NVIDIAが持つフィジカルAI向けのソフトウェアをアリババのクラウドプラットフォームに統合することで、ロボットの学習・検証をクラウド上でリアルタイムに行える環境を整えています。自社開発のAIモデルと世界最先端のツールを組み合わせる「オープンな戦略」が、開発スピードを圧倒的に加速させています。


成長を加速させる「中国独自のエコシステム構築」という視点


アリババのフィジカルAI戦略は、単なる技術開発にとどまらず、中国の産業構造と密接に結びついています。アメリカ企業が汎用的なAIモデル自体の性能向上に注力する一方、アリババをはじめとする中国のテック企業は、ヒューマノイドロボットや産業用エージェントなど、AIの「応用分野」に集中投資する傾向があります。これは、実際の現場でデータを収集し、素早く産業エコシステムを構築して市場の主導権を握るための、極めて現実的なアプローチです。


その戦略は自社開発だけにとどまりません。アリババはロボット関連の有望なスタートアップへの投資も積極的に行っています。例えば、2025年9月にはロボット企業X-Square Robotに多額の投資を実施し、ハードウェア、ソフトウェア、クラウドインフラを垂直統合する体制を急ピッチで整えています。これは、AI技術を実用化する現場でのノウハウとデータを迅速に獲得するための戦略的な一手です。


さらに注目すべきは、そのオープンソース戦略の優位性です。アリババグループの会長は、「AIの勝敗は最強のモデルを作ることではなく、いかに早く現場に適用するかで決まる」と発言しています。高性能なQwenモデルをオープンソースとして公開し、多くの開発者が利用できるようにすることで、幅広い産業での「応用」と「普及」を加速させています。このコストパフォーマンスに優れた戦略が、国際競争において強力な優位性となりつつあります。


日本の製造業や流通業においても、中国発のフィジカルAIソリューションが今後どのように浸透していくかは、注視すべき重要なポイントといえるでしょう。


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