
電気代がキロワット時4円なら採掘機は利益を残せます。ところが12円になった瞬間、その利益はほぼ消え去ります。たった8円の差でしかないのに、これが採掘業者にとって存続そのものを決める境界線になっています。安い電力を持つ国は黙っていても産業を誘致でき、日本のように27円から31円が当たり前の国はそもそも土俵に上がれません。なぜここまで電気代の8円が業界の勢力図を左右するのでしょうか。この力学の正体は、環境意識でも規制でもなく、誰も声高に語らない経済合理性そのものでした。
電気代8円の差が採算を左右する
電気代8円差が採算を分ける境界線
Source: 記事本文の試算例(1日あたりの採掘機の収益と電気代の一例)
具体的な数字で見ると分かりやすいです。ある採掘機が1日に稼ぐビットコインの価値はおおよそ1500円から1800円程度とされています。電気代が1キロワット時4円の場合、1日の電気代は500円台前半程度になるとの見立てがあり、これなら利益が残ります。ところが1キロワット時12円になると、電気代は1500円台まで跳ね上がり、利益がほぼ消えてしまうという計算になります。この数値はあくまで一例としての計算で、実際の採算は採掘機の性能やビットコイン価格の変動によって大きく左右されますから、その点は差し引いて見てください。
この差はたった8円です。家庭で言えば、深夜電力プランを使うかどうかくらいの感覚の差に見えます。でも採掘業者にとっては、これが存続の境目になっています。日本の家庭用電気料金は地域や契約によって1キロワット時27円から31円あたりになることが多く、例に挙げた4円や12円という数字自体、そもそも日本のような場所では成立しにくい水準です。安い電力がある場所に採掘業者が集まるのは当然の話です。日本国内で採掘がほとんど産業として育たなかった理由の一つは、まさにこの電気代の高さにあります。日本にとって不利な条件は、電力コストが安い国にとってはそのまま産業誘致の武器になっているわけです。
再生可能エネルギーへの傾斜は環境意識より計算の結果
地域別の電気料金と採掘の採算性
| 条件 | 電気代(1kWh) | 1日の電気代 | 採算の状態 |
|---|---|---|---|
| 安価な電力の例 | 4円 | 約500円台 | 利益あり |
| 高価な電力の例 | 12円 | 約1500円台 | 利益ほぼ消滅 |
| 日本の家庭用電力 | 27円〜31円 | 試算前提を大幅に超過 | 土俵に上がれない |
Source: 記事本文の記述(日本の家庭用電気料金と試算例の比較)
この電気代の圧力が、採掘業者を再生可能エネルギーに向かわせています。採掘業者が再生可能エネルギーに寄っていく理由は、環境意識の高さというより単純にコストの問題です。太陽光や風力は発電量が天候次第で不安定になりがちで、電力会社は余った電気を捨てるか、誰かに安く売るしかない場面があります。採掘機はスイッチひとつで需要を増減できる珍しい電力の買い手です。電気が余っている時間帯にどんどん動かし、足りない時間帯には止める。送電網を運用する側から見ても、都合のいい存在なのです。
これは電気自動車が石炭火力の電気を使っていたら環境負荷が高いと言われるのと同じ構造の話です。車自体は排気ガスを出さないのに、電力の作り方が問題視されているだけです。採掘機も同じで、SHA256という計算方式そのものが化石燃料を要求しているわけではありません。電力の出どころが変われば、採掘の性質もそのまま変わります。ここを混同して採掘そのものを環境破壊のように語る論調を見かけると、正直、少し雑な整理だなと感じてしまいます。この混同こそが、採掘業界に対する誤解を長引かせている一因だと私は見ています。
日本の投資家に間接的な影響はあるのか
電気代の水準による恩恵と損失の構図
Source: 記事本文の記述(電力コストによる利害関係者の分類)
採掘業者の電力事情がここまで変わってきたとなると、海外の話に留まらず、日本の投資家にどう関わるのかが気になってきます。日本国内で大規模な採掘拠点が急増しているという話は聞きません。ただ、間接的な関わりはあります。ビットコインを保有している人は、bitFlyerやCoincheckのアプリを開いて価格を見ているはずですが、その裏側で採掘コストの構造が変わっているという事実は、長期的な供給側の健全性に直結します。採掘業者が電気代で撤退していくような環境だと、ネットワーク自体の安定性に疑問符がつきます。逆に安い再生可能エネルギーで安定して稼働できる採掘業者が増えれば、ビットコインという仕組み全体の持続性が上がります。この供給側の変化は目に見えにくいですが、価格だけを見ている個人投資家にとっても無関係な話ではありません。
数年前にこの手の話を読んで、いずれ環境規制で採掘業者は淘汰されるだろうと見立てたことがあります。今振り返ると、その予想は半分外れました。規制で淘汰されたわけではなく、採掘業者側が電気代の圧力で自主的に安い電力、つまり再生可能エネルギーに寄っていった、というのが実態に近い流れだったようです。規制より先に経済合理性が動いたパターンで、これは他の産業でもよく起きることだと思います。この点を見誤ると、政策議論そのものが的外れになってしまいます。
決済アプリの主戦場からはまだ距離がある
採掘という上流の構造がどう変わろうと、私たちが日常でスマホを触って支払いをする下流の風景はすぐには変わりません。セブンイレブンやファミリーマートでビットコインをそのまま使って買い物をする場面はまだ想像しにくいですし、PayPayやLINE Payのような決済アプリの主戦場でもありません。採掘という上流の話と、決済という下流の話には、まだかなりの距離があります。
ただ、上流のコスト構造が安定してくることは、長い目で見れば価格の裏付けが少しずつ厚くなることを意味します。まず得をするのは、安い電力にアクセスできる採掘業者本人です。その次に、ビットコインを長期で持っている個人投資家にも、じわりと恩恵が回ってきます。損をするのは、電気代の高い地域で無理に採掘を続けようとする業者だけです。
電気代4円と12円を分けたのは、規制でも環境意識でもありません。8円という差そのものが下した経済的な判定です。2026年の今、採掘業者が電気代のグラフを見ながら一日中電力会社の動向をうかがっているという構図は、電力コストの安い国に産業が流れ、日本のような高コスト国が土俵に上がれないという冒頭の問いへの答えを、そのまま体現しています。