2025年10月、ステーブルコイン市場が3000億ドルを突破しました。世界の金融秩序が音もなく書き換わる瞬間を、私たちは目撃しています。
この数字の意味を考えてみましょう。2025年10月3日に時価総額3000億ドルを突破し、年初来で46.8%の成長を記録しました。わずか数年前まで暗号資産トレーダーの一時退避先に過ぎなかったものが、今や国家の外貨準備に匹敵する規模にまで膨張しています。
さらに驚くべきことに、IMFの国際金融安定性報告書によると、過去6年で70倍超に膨張しました。この爆発的成長は、既存の金融システムに根本的な変化をもたらしつつあります。
テザーが持つ1200億ドルの米国債
市場の約66%を占めるテザー(USDT)の存在感は圧倒的です。2025年第1四半期のレポートによると、テザーの米国債保有額は1200億ドル超に達し、ドイツの1114億ドルを上回り、世界第19位の米国債保有主体となりました。
一つの民間企業が、主要国をしのぐ米国債を保有している。この状況が意味するのは、従来の国家中心の国際金融秩序が、民間主導のデジタル金融システムへと移行しつつあるということです。
テザーは2025年第1四半期だけで650億ドルの米国債を新たに取得し、総保有額は985億ドルに達しており、資産の80%以上を米国債に投資しています。この戦略により、テザーは「ドルの主要なデジタル表現」としての地位を固めています。
日本の規制整備と円建てステーブルコイン
日本は世界に先駆けて法整備を完了させた国の一つです。2023年6月に施行された改正資金決済法により、ステーブルコインは暗号資産とは区別され、法定通貨を裏付けとする「電子決済手段」として法的に定義されました。
興味深い展開として、2025年3月の改正では、信託型のステーブルコイン発行者が準備金の最大50%を短期国債などの低リスク資産で保有することが許可されました。これは単なる規制緩和ではありません。準備金から収益を得られる仕組みを作ることで、円建てステーブルコイン発行のビジネスモデルを成立させる狙いがあります。
フィンテック企業JPYCは資金移動業者登録を済ませ、日本円と価値が連動する円建てのステーブルコインを2025年秋に発行する方針を明らかにしました。国内初の円建てステーブルコイン誕生は、日本の金融システムに新たな可能性を開くかもしれません。
ただし課題もあります。JPYCが登録したのは第二種資金移動業であり、送金は一回当たり100万円までしか認められていません。企業間の大規模決済に使うには制約が大きく、今後の法整備が待たれます。
米国GENIUS法が示す戦略
米国では2025年6月17日、GENIUS法案が上院を68対30という超党派の強力な支持を得て可決されました。この法律は単なる規制ではなく、ドル覇権を21世紀に適合させる戦略です。
ウォルマートやアマゾンなどの小売大手が、買い物に使える米ドル連動のステーブルコイン導入を検討し始めています。旅行会社のエクスペディアや航空会社もステーブルコイン発行について議論しています。
決済インフラの主導権を巡る競争が激化しています。JPモルガンやバンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴといった大手銀行が共同でステーブルコインの発行を検討しています。銀行が支配してきた決済の構図は、大きく変わろうとしています。
国際決済システムの革新
従来のSWIFTシステムを通じた国際送金は3〜5日かかり、手数料も高額です。ステーブルコインを活用すれば、決済システムを介さずブロックチェーン上で即時に価値移転が完結するため、時間的・コスト的にも大幅な効率化が期待できます。
実際の利用は急増しています。2024年のステーブルコインの年間送金額は27.6兆ドルで、クレジットカード大手2社の合計を上回りました。もはや単なる暗号資産市場内の取引手段ではなく、実物経済の決済インフラとして機能し始めています。
日本の通貨主権は守れるか
ここで考えるべき問題があります。ドル建てステーブルコインの普及は、日本の通貨政策にどのような影響を与えるのでしょうか。
民間企業が発行するドルペッグのステーブルコインが決済や預金の手段として広まれば、日本銀行の金利政策や通貨政策の効果が限定的になる可能性があります。円ではなくドル建てステーブルコインで資産を保有する人が増えれば、通貨主権そのものが揺らぎかねません。
だからこそ円建てステーブルコインの育成が重要になります。JPYC代表の岡部典孝氏は「国内でステーブルコインが浸透すれば、日本国債への安定的な新規需要が生まれる」と指摘しています。
今後の展望
シティグループの研究部門は、ステーブルコイン市場が2030年までに0.5兆ドルから3.7兆ドルに達すると予測しています。基本シナリオでも市場は引き続き米ドルが約90%のシェアを維持するとされており、ドル覇権はむしろ強化される見込みです。
決済大手のFiservは2025年末までに独自のステーブルコイン「FIUSD」をローンチし、PayPalとの相互運用性を構築すると発表しました。約1万の金融機関と600万の加盟店を持つFiservのネットワークが、ステーブルコインに即座のスケールを提供します。
日本企業も動き出しています。TISはふくおかフィナンシャルグループ傘下のみんなの銀行やSolana Japan社と共同で、2025年7月から将来的なステーブルコインとweb3ウォレットの事業化に向けた検討を開始しています。
私たちが目にしているのは、単なる新技術の登場ではありません。21世紀の金融秩序を誰が主導するかという、静かな覇権争いです。日本がこの変化にどう対応するかが、今後数十年の国際的地位を左右するかもしれません。
Disclaimer: 本記事は情報提供を目的としており、投資・税務・法律・会計上の助言を行うものではありません。記載内容の正確性や完全性を保証するものではなく、将来の成果を示唆するものでもありません。暗号資産への投資は価格変動が大きく、高いリスクを伴います。最終的な投資判断はご自身の責任で行い、必要に応じて専門家にご相談ください。