FIREより現実的な早期退職戦略:日本の物価で再計算する

FIREより現実的な早期退職戦略:日本の物価で再計算する

月15万円という数字が東京でどれほど綱渡りか

東京 月収35万円でのFIRE想定生活費と資産目標の比較

東京 月収35万円でのFIRE想定生活費と資産目標の比較

費目 月額(円) 備考
家賃 80,000円 東京1K想定
食費 40,000円 物価上昇考慮
光熱費・通信費 25,000円 電気代上昇含む
月15万円FIRE時の残高 5,000円 ほぼ綱渡り
老後必要資産(65歳時点) 4,000〜5,000万円 月22万円想定

※生活環境や運用状況によって大きく異なります

Source: 記事内の試算データをもとに作成


東京で家賃8万円の部屋に住みながら月15万円でFIREを達成しようとすれば、食費・光熱費・通信費を払い終えた時点で手元にはほぼ何も残りません。そもそもFIREというモデルを設計したのはアメリカの物価水準を前提にした試算であり、その恩恵を実際に受けたのは生活コストを自分で操作できる一部の高収入層でした。2024年から2025年にかけて日本の消費者物価が2〜3%台の上昇を続けているなか、そのモデルをそのまま使い続けることがいかに危険か、今すぐ数字で確かめる必要があります。


「数学的には可能」が隠している構造問題

60歳早期退職を目指す資産形成の5ステップ

60歳早期退職を目指す資産形成の5ステップ

1

退職後の「自由」を言葉で定義する

働かなくていい状態か、自分で選んで働く状態かを先に決める

2

月22万円の老後生活費を試算する

現在の物価上昇(2〜3%)を織り込んで必要額を計算

3

インデックス投資を軸に積立を開始

NISAやiDeCoを活用し、資産4,000〜5,000万円を目標に設定

4

ビットコインを「加速剤」として一部組み入れ

計画全体が崩れない水準を守り、下落しても総計画を維持できる比率に限定

5

60歳で「選べる状態」を実現する

フルタイム継続、週3日勤務、新活動開始など選択肢が生まれた状態が目標

Source: 記事内のRetire Sooner的アプローチをもとに作成


アメリカで近年「Retire Sooner(より早いリタイア)」という考え方が語られるようになっています。FIREのように収入の大半を犠牲にして極限まで早く辞めることを目指すのではなく、5年から10年だけ早くリタイアできる状態を目標にするアプローチです。完全な退職よりも、選択肢を持てる状態を先に作ることを重視した、ずっと地に足のついた発想として提示されています。


FIREを純粋な形で計算すると、最初の20年間を強い節約で乗り切り、そのあとの30年から40年も厳格な予算管理で生きていく構造になります。人生の前半を削って、後半も削る。この構造を正直に書いているFIRE解説は、意外と少なかった気がします。「数学的には可能」という言い方がよく使われますが、裏を返せば「多くの人にとって現実的ではない」という意味でもあります。可能と現実的はまったく別の話で、その区別をあいまいにしたまま広まったことが、FIREブームの一つの問題でした。


2024年から2025年にかけて、日本の消費者物価は前年比で2%台から3%台の上昇が続きました。2026年に入っても食料品や光熱費の上昇傾向は収まっていません。PayPayやLINE Payの支払い履歴を見返すと、日常の買い物が静かに値上がりしているのを実感します。セブン-イレブンのおにぎりやファミリーマートの弁当といったコンビニの定番品も、以前より明らかに高い価格帯に移行しています。こういった小さな数字の積み重ねが月の生活費全体をじわじわ押し上げており、10年前の生活費で計算した「4%ルール」は今の日本の物価環境には素直に当てはめられません。FIREモデルが前提としている「生活費を固定できる」という想定が、根本から揺らいでいるのです。


65歳定年を5年前倒しする現実的な計算

日本の消費者物価上昇率の推移(2021年から2026年)

日本の消費者物価上昇率の推移(2021年から2026年)

前年比 %

4% 3% 2% 1% 0%
0.2%
2.5%
3.2%
2.7%
2.4%
2.2%
2021年 2022年 2023年 2024年 2025年 2026年
低水準期(1%未満)
ピーク(3%台)
高止まり(2%台)

※2026年は記事執筆時点の傾向継続を想定した推計値

Source: 記事内の物価データおよびCPI動向をもとに作成


65歳定年を前提にすると、60歳でやめることを目標にするというのが一つの形です。「20年で完全にやめる」よりずっと小さな目標ですが、実際の生活設計としては重要な変化を生みます。60歳以降の5年間、自分の時間をどう使うかを選べる状態になれば、それはすでに「経済的自由」の一形態です。フルタイムで働き続けるか、週3日の仕事に切り替えるか、まったく別のことをはじめるか、選択肢が生まれます。この「選べる状態」を作ることをFIREより手前に設定するというのが、Retire Sooner的な考え方の核にある発想です。


仮に手取り月収が35万円の人が老後の生活費として月22万円を必要とする場合、一部の試算によれば65歳時点での必要資産は4,000万円から5,000万円程度になるとも言われますが、生活環境や運用状況によって大きく異なります。60歳でその状態に達するためには、5年分のペースを上げる必要があります。この「5年分だけ加速する」という発想は、収入の50%を20年間投じるというFIREの要求とは難易度がまったく異なります。多くの人にとって、この差が「実行できるかどうか」の分かれ目になります。


bitFlyerとCoincheckを「加速剤」として位置づける理由


早期退職の資産形成にビットコインを含めることへの関心は、ここ数年で確実に広がっています。bitFlyerやCoincheckでの積立購入が、NISAやiDeCoと並ぶ選択肢として話題になることも増えました。ただ、ビットコインを「加速剤」として見るのと「基盤」として見るのは、まったく別のリスク構造を持ちます。FIREのような積極的な目標を達成するために仮想通貨に大きく依存すると、価格が3割下がる局面で計画全体が崩れます。


一方、「5〜10年の前倒し」という目標であれば、インデックス投資を軸にしながら資産の一部をビットコインに置く構成はバランスとして成立しやすいと思っています。私自身、ビットコインの比率をどこまで上げるかは何度も見直してきましたが、「これが下がっても全体計画が崩れない水準」を守ることを優先しています。計画が壊れた後の話は、どのFIRE解説書にも丁寧には書かれていません。この非対称性こそ、資産配分を決める際に最も意識すべき点です。


節約について少し踏み込むと、週末に外食する回数を減らすことと、外食そのものを人生から排除することは、同じ「節約」という言葉で語られても生活の質への影響は別物です。Retire Sooner的な考え方が強調するのは、「今の生活を著しく損なわずに、少しだけ早くゴールに近づく」という感覚です。剥奪ではなく調整というイメージです。もっとも、「5〜10年早く辞めること」が簡単だとも思っていません。日本では非正規雇用の割合が増え続けており、そもそも積み上げるべき元手が作りにくい状況にある人が少なくありません。早期退職の議論は、それが可能な収入水準の人の話として語られることが多く、そのことは意識しておく必要があります。


退職後に「何をするか」を先に問う


Retire Sooner的な考え方が興味深いのは、「いつ辞めるか」より「辞めた後に何をするか」を先に問う点です。仕事をやめること自体が目的になると、やめた後に空白感が生まれやすいという指摘があります。日本でも定年後に活動の軸を失った人の精神的健康が低下するというデータは以前から存在しています。FIREで「35歳でやめた」人が数年後に何らかの形で働き始めるという話が目立つのも、同じ構造から来ているのかもしれません。


「働かなくていい状態を作ること」と「自分で選んで働く状態を作ること」は、似ているようで目指すべき方向がずれています。どちらの方向に向かって資産を積むかで、途中の判断はかなり変わってきます。数字の目標を決める前に、どんな状態を「自由」と呼ぶかを自分の言葉で決めておく必要があります。それが定まっていないと、どのモデルを使っても途中で方向を見失います。FIREかRetire Soonerかという選択は、「何のために早く辞めるか」という問いへの答えが先にあって、初めて意味を持ちます。