ステーブルコインが米ドル覇権の新兵器に - 中国デジタル人民元は苦戦のまま


2025年、デジタル通貨をめぐる米中の力関係が明確になってきました。ステーブルコインの時価総額は約2400億ドルに達し、その90%以上が米ドルに連動しています。一方、中国が国家戦略として推進してきたデジタル人民元は、依然として試験運用の段階から抜け出せていません。


この格差は、単なる市場の数字以上の意味を持っています。


トランプ政権が仕掛けた金融戦略


2025年7月18日、トランプ大統領はGENIUS Actに署名しました。これは米国初のステーブルコイン規制法で、100%の準備資産保有を義務付けるものです。その準備資産の大部分は米国債です。


ステーブルコイン最大手のテザーは、2025年6月末時点で約1270億ドルの米国債を保有しています。これはドイツや韓国を上回る規模です。世界18位の米国債保有者として、2024年には世界7位の買い手でもありました。


ある試算によれば、ステーブルコイン市場が2028年までに2兆ドルに達すれば、米国債の需要はさらに拡大します。トランプ大統領は「ステーブルコインが米ドルの世界的な優位性を拡大する」と明言しており、デジタル通貨を通じて米ドル覇権を強化する戦略を明確にしています。


中国の誤算


2025年9月、中国人民銀行は上海にデジタル人民元の運営センターを開設しました。国際決済への展開を加速する意図です。しかし、国内での普及状況は芳しくありません。


中国国内では、AlipayとWeChat Payという2つの電子決済システムが既に10億人以上のユーザーを獲得しています。これらはスーパーアプリとして進化し、決済だけでなく、公共料金の支払い、医療予約、金融商品取引まで、生活のあらゆる場面で利用されています。デジタル人民元は、この強力な既存システムとの競争で苦戦を強いられています。


さらに深刻なのは、内部の混乱です。デジタル人民元の開発を主導した中国人民銀行デジタル通貨研究所の初代所長が2024年に暗号通貨に関連する汚職容疑で解任されました。このプロジェクトは単なる技術革新ではなく、国民監視と経済統制のための政治的ツールでもあったため、この事件はプロジェクト全体の信頼性に影響を与えました。


ステーブルコインの真の威力


ステーブルコインの最大の強みは、その圧倒的なアクセシビリティです。銀行口座がなくても、スマートフォンさえあれば米ドルを保有し、送金できます。


2024年、ステーブルコインの年間取引額は27.6兆ドルに達し、VisaとMastercardの合計取引額を超えました。金融インフラが整っていないラテンアメリカ、サハラ以南のアフリカ、東南アジアで急速に普及しており、従来の金融システムが届かなかった地域まで米ドルの影響力が広がっています。


日本の動き


日本は2023年6月に改正資金決済法を施行し、世界に先駆けてステーブルコインの規制枠組みを整備しました。法定通貨と連動するステーブルコインを「電子決済手段」として定義し、銀行、資金移動業者、信託会社のみが発行できるようにしました。


2025年3月には、SBI VCトレードが日本初のステーブルコイン取扱業者として米ドル連動型のUSDCの取扱いを開始しました。さらに同年9月には、フィンテック企業JPYCが円建てステーブルコイン「JPYC」を発行する予定です。これが実現すれば、日本初の法適合円建てステーブルコインとなります。


2025年3月の法改正では、信託型ステーブルコインの準備資産について、50%まで短期国債(日本または米国)での運用が認められました。これにより、発行者が準備資産から利回りを得ることが可能になり、円建てステーブルコインの国際競争力が向上すると期待されています。


日本政府は、国内のWeb3企業を育成しつつ、国際的なプレーヤーも誘致することで、ステーブルコイン市場の成長機会を実現しようとしています。


地政学的な意味


米中のデジタル通貨競争は、単なる技術競争ではありません。これは経済と地政学が交差する新しい戦場です。


米国はステーブルコインを通じて、米ドルの基軸通貨体制をデジタル時代に拡張しています。同時に、ブリックス諸国の脱米ドル化の動きを強く牽制しています。トランプ大統領は2025年1月にも、米ドルを代替しようとする試みには100%の関税を課すと警告しました。


中国はデジタル人民元で米ドル覇権に挑戦しようとしましたが、内部の政治的対立、技術的限界、そして既存の民間決済システムとの競争で停滞しています。2025年の上海運営センター開設は巻き返しの試みですが、短期的な成果は見通しにくい状況です。


競争の現在地


2025年10月現在、この競争の第一ラウンドは米国の優位に傾いています。ステーブルコインの時価総額約2400億ドルに対し、デジタル人民元は推定20億ドル程度です。120倍の差です。


日本を含む各国は、この変化する金融環境にどう対応するかを模索しています。米ドル連動のステーブルコインが普及すれば、自国通貨の需要や為替の安定性に影響が出る可能性があります。だからこそ日本は、米ドルステーブルコインを受け入れつつ、円建てステーブルコインの育成にも力を入れているのです。


デジタル通貨をめぐる競争は、今後も金融システムと国際秩序の行方を左右する重要なテーマであり続けるでしょう。


Disclaimer: 本記事は情報提供を目的としており、投資・税務・法律・会計上の助言を行うものではありません。記載内容の正確性や完全性を保証するものではなく、将来の成果を示唆するものでもありません。暗号資産への投資は価格変動が大きく、高いリスクを伴います。最終的な投資判断はご自身の責任で行い、必要に応じて専門家にご相談ください。


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