日本で始まる、お金の新しい形
2025年8月、日本の金融史に小さな、しかし確実な節目が訪れました。JPYC社が金融庁から資金移動業者として正式に登録され、日本円建てステーブルコインの発行準備が整ったのです。
このニュースが意味するのは、単なる新しい決済手段の登場ではありません。お金そのものが「プログラム可能」になる時代の幕開けです。
世界で急拡大するステーブルコイン市場
世界のステーブルコイン市場は、2025年10月時点で約2,780億ドル規模まで成長しました。そのうちUSDT(テザー)が約60〜75%、USDC(USDコイン)が約25%のシェアを占めています。
注目すべきは、2025年6月に米国上院で「GENIUS法案」が可決されたことです。これにより、ステーブルコインに対する規制の枠組みが明確になり、機関投資家が安心して市場に参入できる環境が整いました。発行者には100%の流動性準備金保有と月別公示が義務付けられ、連邦政府の監督下に置かれることになります。
スタンダードチャータード銀行の試算では、この法案成立により、ステーブルコイン市場は現在の2,300億ドルから2028年末までに2兆ドルへと、約10倍に成長する可能性があるとされています。
金融機関が本格参入、日本でも実証実験が始まる
日本でも変化の波が押し寄せています。2025年6月、大和証券グループが参加する「DeFi研究会」のプロジェクトが、金融庁の「FinTech実証実験ハブ」の支援案件に採択されました。AMM(自動マーケットメーカー)と呼ばれる仕組みを使って、金融機関と顧客がブロックチェーン上で規制対象トークンを扱えるようにする試みです。
24時間動き続ける自動取引の仕組み
AMMとは、スマートコントラクトで管理される「流動性プール」を使って、自動的に取引を成立させる仕組みです。従来の取引所のように売り手と買い手をマッチングさせる必要がなく、ユーザーはいつでも好きな時にトークンを交換できます。
価格は「x × y = k」という数式で自動的に決まり、24時間365日稼働し続けます。銀行の営業時間やメンテナンス時間に縛られることなく、国際送金も数秒から数分で完了します。
2025年には、このAMMが進化を遂げています。市場状況に応じて変動する手数料制度や、高度な価格設定アルゴリズムによって、価格変動が激しい時でも安定した収益を確保できるようになりました。資本効率の向上やスリッページ対策も進んでおり、より実用的な金融インフラとして成熟しつつあります。
不動産も美術品もデジタル化、実物資産トークン化の波
もう一つの大きな流れが「実物資産のトークン化(RWA)」です。不動産、株式、債券、美術品といった現実世界の資産をブロックチェーン上でデジタル化する動きが急速に広がっています。
2025年上半期だけで、RWA市場は年初の86億ドルから243億ドルへと3倍以上に成長しました。過去12か月間で見ると、約260%という驚異的な伸びを記録しています。
プライベート・クレジットが牽引する成長
特に注目されているのが、プライベート・クレジット(非公開の貸付債権)のトークン化です。現在のRWA市場の半分以上にあたる140億ドル超がこの分野で構成されています。
従来は機関投資家のデスクに限定され、7〜10年のロックアップを伴う非流動的な投資でしたが、トークン化により運用コストが削減され、投資家のアクセス性と資産の流通性が大幅に向上しました。2025年1月にローンチされた「Tradable」というプラットフォームは、わずか数か月で20億ドル以上の資産をオンチェーン化しています。
ブラックロックも参入、機関投資家が動き出した
世界最大級の資産運用会社ブラックロックは、2024年3月に「BUIDL」というオンチェーントークンファンドを立ち上げ、2025年5月時点で総運用資産は29億ドルに達しています。
米国債や短期証券に投資され、得られた利息は日次で自動的に再投資されます。発行、償還、配当はスマートコントラクトによって自動化され、24時間365日実行可能です。トークンとしての高い移動性を生かし、ステーブルコインの担保などに活用されています。
日本独自の取り組みも始まる
日本でも独自の動きが始まっています。日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)は2025年3月、「RWAトークンの利活用に関するガイドライン」を策定し、法的な不安定性を低減する取り組みを進めています。
実際のビジネス事例も登場しています。「Sake World NFT」という日本酒と引き換え可能なNFTのマーケットプレイスでは、デジタルコレクタブルとしての価値に加え、限定日本酒の先行購入権や酒蔵ツアーへの参加権といったリアル特典も提供されています。「NOT A HOTEL」というサービスでは、別荘の共有持分権をNFTとして販売しています。
見過ごせないリスクも存在する
ただし、リスクも存在します。スマートコントラクトのバグやハッキング、ブロックチェーンネットワークの障害といった技術的なリスクはゼロではありません。2025年初頭には、大手取引所が脆弱性を突かれて大規模な損失を被った事例もあります。
また、AMM型の流動性プールでは「価格変動損失(インパーマネント・ロス)」と呼ばれる現象が発生する可能性があります。これは、プールに預けたトークンの市場価格が変動することで、単に保有していた場合よりも損失が出るケースです。
規制の面でも、国ごとに法律が異なり、明確な国際ルールが未整備のため、プロジェクトによっては予想外の法的コストが発生する可能性があります。日本では匿名組合や信託といった法的スキームを駆使してトークン化案件が進められていますが、海外投資家から見ると複雑すぎる側面もあります。
2030年に向けて加速する変化
それでも、この流れは止まりそうにありません。業界予測では、世界の資産の10〜30%が2030〜2034年までにトークン化される可能性が示唆されています。
プログラム可能な金融は、お金が単なる交換手段から「スマートな実行者」へと進化することを意味します。条件を満たせば自動的に支払いが実行され、担保が不足すれば自動的に清算されます。人間の判断を待つ必要がありません。
日本で円建てステーブルコインが本格始動すれば、この流れはさらに加速するでしょう。銀行の営業時間に縛られることなく、国境を越えて瞬時に資金を移動できる世界。それは、金融の言語そのものが書き換えられていく過程なのかもしれません。
Disclaimer: 本記事は情報提供を目的としており、投資・税務・法律・会計上の助言を行うものではありません。記載内容の正確性や完全性を保証するものではなく、将来の成果を示唆するものでもありません。暗号資産への投資は価格変動が大きく、高いリスクを伴います。最終的な投資判断はご自身の責任で行い、必要に応じて専門家にご相談ください。